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誰しもが、戦場を認識している。 だが往々にして、常に現実に存在し続けているはずのそれに、何らかの意志や目的や理由、もしくは過程を伴った結果を用意したがる。 そんなことが果たして必要なのか、その答えも知りながら。 戦場は戦場である。 その言葉よりも手前に、現実として僕たちは戦場にいる。 そこにはもちろん、死が大量に溶け込んでいる。 緩やかなものであれ、突発的なものであれ。 兵器と繋がるという感覚は、いつまで経っても慣れることはない。胎内に似たコックピットの中、俺は目の前に広がる廃墟を「感じ」ながら、また吐き気を催していた。それにしても、この無惨なまでの街並みは、本当に存在しているのだろうか。今や汚染が進み誰も肉眼で確認できなくなってしまったその結末は、皮肉なことに、それが茶番であるという痩せ細った希望を人々に与えていた。 既にその答えを見届けた先人達は死に絶え、過程と結果を用意した老人達はこの地にはいない。残されたのは「人々」と、俺達のような兵士だけだった。 「また考え事か？」 セラの通信が頭の中で響いた。 「あんたも好きだね……」 砂塵を巻き上げながら、彼女の機体が俺を追い越し反転する。沈みかけた太陽が、この世界を黄昏にしていた。俺達はしばし身動き一つせずに互いを見つめ合う。無機質な身体は、まるでその街に元から在り、そして街と同じように時が止まっているようだった。 「この戦争は、本当はもうとっくに終わっているんじゃないのか？」 無言の内に、嘆息が聞こえたような気がする。ブースターが再び灰色の砂を吹き上げて、彼女はグルリと振り向いて前へ進んでいった。俺もそれに続きながら出力を上げるが、すると彼女は更に速度を増した。そう言えば、口には出さなかったものの、ミッション中であろうと、彼女は一度も併走を許さなかった。 この戦争はもうとっくに終わっているんじゃないか、それとも戦争など最初から存在していなかったんじゃないか、あるいは戦争はまだ続いているが誰もその目的や意志を把握できていないんじゃないか。この類の疑問は、この地に残された者であれば、誰もが持っているはずだった。それは彼女にしても例外ではない。だがブースターへ伝える意思と、それから返る鈍い振動ともとれる感覚。そのやりとりに答えなどあるはずがなかった。 「十時の方向だ。距離3000から動きなし。どうやら奇襲をかけたいようだな」 緩やかに止まるセラの横を通り過ぎ、直進する。巨大なスナイパーライフルを持ち、射撃姿勢に入る彼女を後ろに、俺は両腕に持ったアサルトライフルの「感触」を確かめた。 「距離2500。そろそろだぞ」 うんともすんとも言っていなかった俺のレーダーが、突然悲鳴に似たノイズを上げた。ジャミングだ。銃を構えた先にはぽつんと取り残されたビル、そこから現れた機影は二つ。 急激にスピードを増した身体は、ただそれだけで引きちぎられるかのような痛みを覚える。通り過ぎる無数の銃弾は、横に動く俺に刻々と近づいていた。普段よりも反応が少し遅れている。気付くのは簡単だった。 空へ逃れた途端、足下に巨大な爆発が起きる。小さな跳躍でそれを避けると、すぐに地表へと戻った。もともと空中戦を持続できるほど器用な設計はされていない。 着地、それが少しまずかった。衝撃を消すだけのブースト出力が間に合っていない。ほんの少しバランスを崩した機体は一気に速度を失った。まだ射程距離には程遠いが、トリガーを引くしか選択肢はない。 閃光と地鳴りが不快感を増していく。増えていく被弾数の中で、俺はそのことをまるで他人事かのように、またある疑問に直面していた。このターゲットは一体誰なのか、と。 鈍重な音と共に、二機の内一つが吹き飛んだ。呼応するように照準が動き、そいつに弾丸を浴びせる。光と煙、そして剥げていく装甲が視界を覆い、俺はいつしかロックオンマークが色を失っていることにハッとした。 もう一機はと目をはせる。風が吹き、視界が晴れた。そこには、既に移動することもままならない機体が座り込み、手に持ったグレネードを懸命に前に構えようとしていた。奇妙な画だった。死にかけた虫にも似た、あの静かな生命。 直後、大口径ライフル弾がそのコアを撃ち抜いた。大きく響いたはずの音は、いつの間にか砂に溶けている。ひしゃげた機体は、もうぴくりとも動かない。 「終わりなのか？」 分かり切っていた。それでも俺は、しばらくしてこちらへ来た彼女に対し、もう一度聞かずにはいられなかった。その質問はジャミングに遮られて、中空へと放り出される。彼女はこちらを向き直り、そしてまたいつものように、何も言わずに立っている。その空間と時間には、いつまでも先程の質問が漂っているようだった。 通信が回復していく。まだノイズ混じりの彼女の声が、入ってくる。 「馬鹿が、死にたいのか！」 たったそれだけ言うと、彼女は再び進んでいった。その出力はいつもより強い。俺はもう一度だけ大破した機体を見つめた。それは既に、この世界の一部に見えた。 |